(第1-蛇の章、末文)
〈蛇の章〉第一おわる
まとめの句
蛇とダニヤと〔犀の〕角と耕す人と、チュンダと破滅と賤しい人と、慈しみを修めることと雪山に住む者とアーラヴァカと、勝利とまた聖者と、――
これらの十二の経が「蛇の章」と言われる。
221
譬えば青頸(あおくび)の孔雀(くじゃく)が、空を飛ぶときには、どうしても白鳥の速さに及ばないように、在家者は、世に遠ざかって林の中で瞑想する聖者・修行者に及ばない。
220
両者は住所も生活も隔(へだ)たっていて、等しくない。在家者は妻を養うが、よく誓戒(せいかい)を守るもの(出家者)は何ものをもわがものとみなす執著がない。在家者は、他のものの生命を害(そこな)って、節制することがないが、聖者は自制していて、常に生命ある者を守る。
219
世間をよく理解して、最高の真理を見、激流を超え海をわたったこのような人、束縛を破って、依存することなく、煩悩の汚れのない人、――諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。
218
婬欲の交わりを断ち、いかなるうら若き女人にも心をとどめず、驕(おご)りまたは怠りを離れ、束縛から解脱している聖者――かれを諸々の賢者は〈真の〉〈聖者〉であると知る。
217
他人から与えられたもので生活し、〔容器の〕上の部分からの食物、中ほどからの食物、残りの食物を得ても、(食を与えてくれた人を)ほめることもなく、またおとしめて罵(ののし)ることもないならば、諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。
216
自己を制して悪をなさず、若いときでも、中年でも、聖者は自己を制している。かれは他人に悩まされることなく、また何びとをも悩まさない。諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。
215
梭(ひ)のように真直(まっす)ぐにみずから安立し、諸々の悪い行為を嫌い、正と不正とをつまびらかに考察している人、――諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。
214
他人がことばを極(きわ)めてほめたりそしったりしても、水浴場における柱のように泰然(たいぜん)とそびえ立ち、欲情を離れ、諸々の感官をよく静めている人、――諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。
213
独り歩み、怠(おこた)ることのない聖者、非難と賞讃とに心を動かさず、音声に驚かない獅子(しし)のように、網(あみ)にとらえられない風のように、水に汚されない蓮のように、他人に導かれることなく、他人を導く人、――諸々の賢者は、かれを〈聖者〉であると知る。